先日上京した時、ポロックを見た前の日に
現代美術館で「靉嘔」展をみた。
実は東京現代美術館へ行くのは初めてだった。
在京時代、行こう行こうと思っていてつい行く機会を逃していた。
美術雑誌などを見てもポロック以外見たいと思うものがなかった。
それならば行けなかった現代美術館を訪れてみようと思った。
靉嘔展は実は全く期待していなかった。
実家に父が買った靉嘔の版画が一点ある。
例のレインボウの作品である。
始めてみた時、色鮮やかで綺麗だなあと思ったのを今でも覚えている。
しかしその後、彼の作品はみなあんな調子であると知り
自分の中で靉嘔は面白くない作家のひとりになっていた。
今回の靉嘔展では学生時代の作品から渡米後の作品
ポロックの影響、オノヨウコとの関わり、
そしてレインボウに行き着いたわけを知れてとてもも白かった。
初期の作品はコミカルなものもあったり自由なタッチでかなり面白かった。
それらの作品を引っさげ渡米したがちょうど世はポロック全盛だった。
東洋から来た若い男の具象は全く見向きもされなかったそうです。
そこから立体作品や体感する作品、パフォーマンス的なこと
いろいろやった末、絵を描くのに形などいらないというところに行き付き
残ったのは色。それもすべての色こそアートそのもの。
だから可視光線すべてを有するレインボウへと行き着いたそうだ。
作品というのは一点でも迫力や訴えかけてくるものがある素晴らしいものもある。
しかし作家は紆余曲折が有って
その作品の表現や技法にたどり着いているのだ。
たとえばその作品をまるで落書きかのように短時間で楽〜に描いたとしても
その作品を描くまでの作家に蓄積した時間、感情、生き方が必ず内包されるのだ。
当然といえば当然のことだが、改めてそのことを再認識し
自らの中の偏見のような決めつけてしまう心を恥
またそういう自分に恐れを感じた。
靉嘔展に感謝したい。
2012年05月02日
2012年04月29日
現代美術館と近代美術館
先日、東京近代美術館でポロック展を見た。
その前の日は、東京現代美術館へ行った。
「現代美術」と「近代美術」って何が違うんだろうとか思ってしまった。
Wikipediaなど見てみると
「近代」というと一般的には「近世」と「現代」の中間に当たる。
日本では江戸時代を「近世」
明治から太平洋戦争前を「近代」
戦後を「現代」と解釈する事が多いようだ。
じゃあ欧米は????
以前は第一次世界大戦で「近代」と「現代」を分けていたようだが
最近ではベルリンの壁崩壊やソ連邦崩壊などいわゆる「東欧革命」で
近代、現代を分けるという考え方が出てきているそうだ。
これは時代としての考え方だが美術の世界ではどうだろう??
ウィキペディアを引用すると
近代美術、現代美術はそれぞれ英語では、modern art、contemporary art。
翻訳語であるが例外もあり、その意味は事例によって様々である。
だそうだ。
はっきりって近代でも現代でもどっちでもいいのだろう。
まあそうじゃないかなあとは思ったが。
その前の日は、東京現代美術館へ行った。
「現代美術」と「近代美術」って何が違うんだろうとか思ってしまった。
Wikipediaなど見てみると
「近代」というと一般的には「近世」と「現代」の中間に当たる。
日本では江戸時代を「近世」
明治から太平洋戦争前を「近代」
戦後を「現代」と解釈する事が多いようだ。
じゃあ欧米は????
以前は第一次世界大戦で「近代」と「現代」を分けていたようだが
最近ではベルリンの壁崩壊やソ連邦崩壊などいわゆる「東欧革命」で
近代、現代を分けるという考え方が出てきているそうだ。
これは時代としての考え方だが美術の世界ではどうだろう??
ウィキペディアを引用すると
近代美術、現代美術はそれぞれ英語では、modern art、contemporary art。
翻訳語であるが例外もあり、その意味は事例によって様々である。
だそうだ。
はっきりって近代でも現代でもどっちでもいいのだろう。
まあそうじゃないかなあとは思ったが。
2012年04月28日
ポロック展を見て
東京国立近代美術館でやっている「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。
いよいよ5月6日、連休明けで終わりである。
以前、「抽象画はたとえデパート系の美術館であっても人が入らない」
と聞いたことがあるがどうなのであろうか。
自分が行ったのは桜満開の金曜日の午後だった。
まあまあ入ってはいたが列が途切れず見難いということはなかった。
この水曜日、版画をやっている父がどうしても見たいと上京し見てきた。
作品と作品の間が開かないぐらいずっと順番に見る列が連なっていたそうである。
なかなか盛況であったようだ。
展示は余白をいっぱいとってあり、ゆったりとしていて良かった。
中程でポロックが描く姿の映像が流れていた。
椅子がもっとたくさん置かれていると有りがたかったが。
一度全部自分なりに最期まで見てから
入り口まで引き返し音声ガイドを借りて聞きながらもう一度見た。
最初に借りようと思ったが
「ナレーション石井竜也」の文字を見て
「彼の余計な解釈を聞くのは嫌だな」と思い借りなかった。
実際聞いてみたらナレーションに徹していたので助かったが。
ポロックの絵に
ネイティブアメリカンの砂絵や
自らのアルコール中毒とうつ病の療法としてのドローイング
が関係していたのは知っていたが
戦火を逃れアメリカに移住してきたシュルレアリストの
自動筆記が影響していたのは知らなかった。
いやシュルレアリストたちと交流があったというのは聞いていたが
彼らが自動筆記なるものをしていたというのを知らなかった。
学生時代、自分は実技ばかりで講義をサボってばかり、
特に美術史など全く興味がなかった。
シュルというと
アンドレブルドンの「シュルレアリスム宣言」でダダから決別した。
とかくらいしか知らない。
う〜ん勉強不足ですね。
だからシュルについての本質を知らなかった。
自分は前にも書いたがアートセラピーというものを以前受けていた。
そしてクレヨンとかなんでもいいのだが
紙に気の向くまま手の動くままに描くことを教えてもらい
毎日のように描いてていたことがある。
その時描いたものを見て恩師がポロックのことを話してくれたのが
ポロックとのそもそもの出会いであった。
シュルの自動筆記なるものがどんなものか詳しくは知らないが
ネイティブアメリカンのシャーマン的なものに
ポロックが興味を持っていたということもわかり
自分がポロックに惹かれるのはもっともなことだと思った。
そして自分が今まで思っていたことは確信に変わった。
「ポロックのポーリングは瞑想なのである」
いよいよ5月6日、連休明けで終わりである。
以前、「抽象画はたとえデパート系の美術館であっても人が入らない」
と聞いたことがあるがどうなのであろうか。
自分が行ったのは桜満開の金曜日の午後だった。
まあまあ入ってはいたが列が途切れず見難いということはなかった。
この水曜日、版画をやっている父がどうしても見たいと上京し見てきた。
作品と作品の間が開かないぐらいずっと順番に見る列が連なっていたそうである。
なかなか盛況であったようだ。
展示は余白をいっぱいとってあり、ゆったりとしていて良かった。
中程でポロックが描く姿の映像が流れていた。
椅子がもっとたくさん置かれていると有りがたかったが。
一度全部自分なりに最期まで見てから
入り口まで引き返し音声ガイドを借りて聞きながらもう一度見た。
最初に借りようと思ったが
「ナレーション石井竜也」の文字を見て
「彼の余計な解釈を聞くのは嫌だな」と思い借りなかった。
実際聞いてみたらナレーションに徹していたので助かったが。
ポロックの絵に
ネイティブアメリカンの砂絵や
自らのアルコール中毒とうつ病の療法としてのドローイング
が関係していたのは知っていたが
戦火を逃れアメリカに移住してきたシュルレアリストの
自動筆記が影響していたのは知らなかった。
いやシュルレアリストたちと交流があったというのは聞いていたが
彼らが自動筆記なるものをしていたというのを知らなかった。
学生時代、自分は実技ばかりで講義をサボってばかり、
特に美術史など全く興味がなかった。
シュルというと
アンドレブルドンの「シュルレアリスム宣言」でダダから決別した。
とかくらいしか知らない。
う〜ん勉強不足ですね。
だからシュルについての本質を知らなかった。
自分は前にも書いたがアートセラピーというものを以前受けていた。
そしてクレヨンとかなんでもいいのだが
紙に気の向くまま手の動くままに描くことを教えてもらい
毎日のように描いてていたことがある。
その時描いたものを見て恩師がポロックのことを話してくれたのが
ポロックとのそもそもの出会いであった。
シュルの自動筆記なるものがどんなものか詳しくは知らないが
ネイティブアメリカンのシャーマン的なものに
ポロックが興味を持っていたということもわかり
自分がポロックに惹かれるのはもっともなことだと思った。
そして自分が今まで思っていたことは確信に変わった。
「ポロックのポーリングは瞑想なのである」
2012年04月12日
生活デザイン
以前、ある美術大学に生活デザイン科というのがあったが今もあるのだろうか?
「生活デザイン」ってなんでしょう?
生活をデザインするというと最近では保険屋さんの常套句
「人生設計」という言葉を思い出しちゃいますよね。
生活デザイン科を卒業すると、フィナンシャルプランナーになれるとか思ってしまう人もいそうですよね。
もちろんそうではありません。
デザインというと元々、「計画する」とか「設計する」という意味ですから、間違いではないのです。
何年後くらいにお子さんが学校に入学しこのくらいのお金が必要で…
こういう計画は確かにとても大切ですよね。
お金がすべてじゃないけどお金がなければ何もできない。お金のことが生活のデザインの根幹にあるのは至極当然のことですよね。
でも当然のことながら美大の生活デザインというのは、そういうものとは違いますよね。
ではどういうことかというと
「日々の生活に潤いを与えるものをデザインする」
一言でいうとこんな感じになります。
具体的には食器だとか衣服、アクセサリー、花器など手工芸的なものが中心でした。
最近、あまり「生活デザイン」とは言わなくなっています。
それはこの分野、実に多岐に渡っており幅広すぎるんでしょうね。
例えば部屋に飾る小物をデザインしたとします。綺麗にそれを飾るためには置く場所のことも考えます。
小物の後ろの壁紙はどうだろう?
壁紙を別のものにするなら、床は?天井は?
もうこうなるとインテリアデザインの世界ですね。
まあ一般的に部屋の雰囲気あったものを選んだりデザインしたりする、こっちのほうが自然ですよね。
「生活に潤いを与えるもののデザイン」
こういうものは女性のほうが得意でしょうね。
昔、予備校の先生が「生活デザイン科なんてのは花嫁修行の学科だよ」
なんてことを言ったのを思い出します。
今や働く主婦も多く、花嫁修行なんて言葉もあまり耳にしなくなったような気もします。
「生活デザイン科」というのはもう時代にそぐわないものなんでしょうね。
でも「生活に潤いを与えるもの」
この存在は生きて行くためにとても大切なものであり
忘れたりおろそかにはしたくないですよね。
「生活デザイン」ってなんでしょう?
生活をデザインするというと最近では保険屋さんの常套句
「人生設計」という言葉を思い出しちゃいますよね。
生活デザイン科を卒業すると、フィナンシャルプランナーになれるとか思ってしまう人もいそうですよね。
もちろんそうではありません。
デザインというと元々、「計画する」とか「設計する」という意味ですから、間違いではないのです。
何年後くらいにお子さんが学校に入学しこのくらいのお金が必要で…
こういう計画は確かにとても大切ですよね。
お金がすべてじゃないけどお金がなければ何もできない。お金のことが生活のデザインの根幹にあるのは至極当然のことですよね。
でも当然のことながら美大の生活デザインというのは、そういうものとは違いますよね。
ではどういうことかというと
「日々の生活に潤いを与えるものをデザインする」
一言でいうとこんな感じになります。
具体的には食器だとか衣服、アクセサリー、花器など手工芸的なものが中心でした。
最近、あまり「生活デザイン」とは言わなくなっています。
それはこの分野、実に多岐に渡っており幅広すぎるんでしょうね。
例えば部屋に飾る小物をデザインしたとします。綺麗にそれを飾るためには置く場所のことも考えます。
小物の後ろの壁紙はどうだろう?
壁紙を別のものにするなら、床は?天井は?
もうこうなるとインテリアデザインの世界ですね。
まあ一般的に部屋の雰囲気あったものを選んだりデザインしたりする、こっちのほうが自然ですよね。
「生活に潤いを与えるもののデザイン」
こういうものは女性のほうが得意でしょうね。
昔、予備校の先生が「生活デザイン科なんてのは花嫁修行の学科だよ」
なんてことを言ったのを思い出します。
今や働く主婦も多く、花嫁修行なんて言葉もあまり耳にしなくなったような気もします。
「生活デザイン科」というのはもう時代にそぐわないものなんでしょうね。
でも「生活に潤いを与えるもの」
この存在は生きて行くためにとても大切なものであり
忘れたりおろそかにはしたくないですよね。
2012年04月10日
極上美の饗宴「ポロック」
現在、東京国立近代美術館でやっている「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」。
自分は今週末上京しじっくりと見てこようと思う。
先日、NHK-BSでやっている極上美の饗宴と云う番組で「ポロック」をやっていた。
どうも番組制作者がポロックについてあまり理解していない様な気がした。
いや「理解」と云う言葉はちょっと違うかも。
アート、芸術を「理解」しようとするのがそもそも間違っているのかもしれない。
米米クラブの石井竜也がポロックの技法を真似して「アクションペインティング」をしていた。
中学生の頃からポロックが好きだと云っていた。
ポロックの制作風景の映像もたぶん見ているであろうし
ポロックを見て好きであるのならば
なんであういう描き方をしようとするのか???疑問に思ってしまった。
2つの渦のようなものを結局描いてしまった。
「海を見て育ったからこういう形が出てくる、描く人の本質が出てくる技法だ」
そんなことを言っていた。
石井竜也はポーリングと云う形や飛び散り方を自由に扱えない技法を無理矢理ねじふせて
自分の意図する様なものを「描こう」としていた。でもそれはポロックではない。
ポロックを理解しようとするならできるかぎりポロックがやったようにしてみないと
何も解からないのではないか?そう思う。
石井達也の作品を見たい訳ではない。
残念ながら描いた本人の本質が見えるとか云うレベルではない。
大変失礼ながら、芸能人と云う見栄っ張りで格好つけたがるなような部分が見えてしまう
薄っぺらな作品に私には見えてしまった。
確かにそういう意味では本質が出ているのかもしれない。
悪いが番組制作者の感性を疑ってしまう。
まあBSの他の番組の司会をしてるだとかしがらみがあるのだろうが。
ポロックと石井竜也の違いは何なのか?
ポロックは絵の具が飛び散り流れ行くものを全て受け入れ自然のままに肩の力を抜いて手を動かしている。
石井竜也は「描いてやろう」という気ばかり強く
自分の思い通りに動かないのを許せず、なんとかポーリングを支配してやろうとしている。
石井竜也は自分の思い通り動かないのは「良くない」「失敗」という感覚を持ったのだと思う。
ポロックは今流れ動いた線を生かし受け入れ、
「失敗」だとか「意志に反する線」など云う感覚は超越していたのだと思う。
これは西欧人の自然へのまなざしと日本人のそれとの違いに似ている気がした。
幾何学的に並べた公園を創る西欧人の感覚が石井竜也で
自然の成り行きを生かし自然と共存する日本人の感覚がポロック。
そんな感覚を自分は感じた。
自分は今週末上京しじっくりと見てこようと思う。
先日、NHK-BSでやっている極上美の饗宴と云う番組で「ポロック」をやっていた。
どうも番組制作者がポロックについてあまり理解していない様な気がした。
いや「理解」と云う言葉はちょっと違うかも。
アート、芸術を「理解」しようとするのがそもそも間違っているのかもしれない。
米米クラブの石井竜也がポロックの技法を真似して「アクションペインティング」をしていた。
中学生の頃からポロックが好きだと云っていた。
ポロックの制作風景の映像もたぶん見ているであろうし
ポロックを見て好きであるのならば
なんであういう描き方をしようとするのか???疑問に思ってしまった。
2つの渦のようなものを結局描いてしまった。
「海を見て育ったからこういう形が出てくる、描く人の本質が出てくる技法だ」
そんなことを言っていた。
石井竜也はポーリングと云う形や飛び散り方を自由に扱えない技法を無理矢理ねじふせて
自分の意図する様なものを「描こう」としていた。でもそれはポロックではない。
ポロックを理解しようとするならできるかぎりポロックがやったようにしてみないと
何も解からないのではないか?そう思う。
石井達也の作品を見たい訳ではない。
残念ながら描いた本人の本質が見えるとか云うレベルではない。
大変失礼ながら、芸能人と云う見栄っ張りで格好つけたがるなような部分が見えてしまう
薄っぺらな作品に私には見えてしまった。
確かにそういう意味では本質が出ているのかもしれない。
悪いが番組制作者の感性を疑ってしまう。
まあBSの他の番組の司会をしてるだとかしがらみがあるのだろうが。
ポロックと石井竜也の違いは何なのか?
ポロックは絵の具が飛び散り流れ行くものを全て受け入れ自然のままに肩の力を抜いて手を動かしている。
石井竜也は「描いてやろう」という気ばかり強く
自分の思い通りに動かないのを許せず、なんとかポーリングを支配してやろうとしている。
石井竜也は自分の思い通り動かないのは「良くない」「失敗」という感覚を持ったのだと思う。
ポロックは今流れ動いた線を生かし受け入れ、
「失敗」だとか「意志に反する線」など云う感覚は超越していたのだと思う。
これは西欧人の自然へのまなざしと日本人のそれとの違いに似ている気がした。
幾何学的に並べた公園を創る西欧人の感覚が石井竜也で
自然の成り行きを生かし自然と共存する日本人の感覚がポロック。
そんな感覚を自分は感じた。
2012年03月02日
いつから歌川広重になったのか?
子供の頃、お茶漬け海苔の付録に浮世絵カードが入ってました。
それはちょっとした楽しみでした。
何枚か集めて送ると浮世絵のカードのセットをもらように記憶してますが。
当時、広重といったら「安藤広重」だったはず。
最近気がつけば「歌川広重」と読んでますね。
歌川豊広の元に入門し、安藤は本姓、広重は画号であるので
「安藤広重」はありえないというのが最近の見解ですが。
いったいいつから「歌川広重」になったのでしょう。
自分は最近よく見る美術番組としては「美の巨人たち」ですが
過去にさかのぼって調べてみると
2001年5月に広重が登場したときはすでに「歌川広重」でした。
以前は欠かさず見ていたNHKの「日曜美術館」ではどうかというと
2002年6月に「新日曜美術館」の時代に北斎と一緒に取り上げられています。
その時もやはり「歌川広重」です。
もっと前にもたぶん取り上げているのでしょうが遡れたのはこれまでです。
1992年4月 上野松坂屋で「浮世絵肉筆名画展」というのが開催されています。
その出品作家には「歌川広重」の名が見えます。
1990年 日本で始めての浮世絵公開のオークションがあったそうです。
この時も「歌川広重」です。
更にさかのぼって美術雑誌「芸術新潮」の1983年8月号に
春風亭小朝が浮世絵について文章を書いており
その図版として載っている広重のキャプションも「歌川広重」です。
別に大したことではないのですがなんとなく気になって
自分で調べてみましたがいまのところここまでです。
浮世絵に詳しい評論家の方とかにお聞きすればわかるかもしれませんが。
また調べてみたいと思います。
それはちょっとした楽しみでした。
何枚か集めて送ると浮世絵のカードのセットをもらように記憶してますが。
当時、広重といったら「安藤広重」だったはず。
最近気がつけば「歌川広重」と読んでますね。
歌川豊広の元に入門し、安藤は本姓、広重は画号であるので
「安藤広重」はありえないというのが最近の見解ですが。
いったいいつから「歌川広重」になったのでしょう。
自分は最近よく見る美術番組としては「美の巨人たち」ですが
過去にさかのぼって調べてみると
2001年5月に広重が登場したときはすでに「歌川広重」でした。
以前は欠かさず見ていたNHKの「日曜美術館」ではどうかというと
2002年6月に「新日曜美術館」の時代に北斎と一緒に取り上げられています。
その時もやはり「歌川広重」です。
もっと前にもたぶん取り上げているのでしょうが遡れたのはこれまでです。
1992年4月 上野松坂屋で「浮世絵肉筆名画展」というのが開催されています。
その出品作家には「歌川広重」の名が見えます。
1990年 日本で始めての浮世絵公開のオークションがあったそうです。
この時も「歌川広重」です。
更にさかのぼって美術雑誌「芸術新潮」の1983年8月号に
春風亭小朝が浮世絵について文章を書いており
その図版として載っている広重のキャプションも「歌川広重」です。
別に大したことではないのですがなんとなく気になって
自分で調べてみましたがいまのところここまでです。
浮世絵に詳しい評論家の方とかにお聞きすればわかるかもしれませんが。
また調べてみたいと思います。
2012年01月14日
ポロック
ジャクソン・ポロックの生誕百周年だそうで
愛知県美術館で大規模回顧展が行われている。
日本では初の回顧展だそうです。
「新日曜美術館」やBS日テレの「ぶらぶら美術館」
でも取り上げてましたね。
東京展は竹橋の東京国立近代美術館で
2月10日から5月6日までだそうです。
ポロックを知ったのは自分はわりと最近のことで1997年のこと。
エアブラシを使ったりしてリアルな絵を仕事で描いていたが
MACが世に広がり始めて自分も仕事柄導入した。
コンピュータで絵を描くとなると
フォトショップで写真をコラージュなどの加工をしたり
3Dに走ったり、皆リアルな画像をつくろうとする。
そんな中、自分はぐしゃぐしゃと落書きのような絵を描き始めた。
ちょうど子供番組のポンキーズで「ジャカジャカジャンケン」
なるものがはやっていたので「ジャカジャカジャン」などと呼んでいた。
それを仕事先の人に見てもらった。
「いやあ、あなたは今までのようなリアルのほうがいいですよ」
と自分にリアルな仕事を発注してるから皆当然の答えが帰ってきた。
そんな中ある仕事先の方が
「ポロックみたいで面白いですねえ」とほめてくださった。
その人はそれまでどちらかと言うと苦手な人でした。
でもそのことがきっかけで色々話をしてみると
美術、絵画や彫刻などとても造詣が深い人だった。
その時ポロックを知らない自分には
「それはゆゆしきことですよ。」
「抽象絵画を描かれる方は絶対知らなきゃダメですよ」
といってくださいました。
そして本屋や図書館などで調べました。
それがポロックとの出会いでした。
絵を習い始めるとき、
やはりうまく描きたいとか描写力をつけたいと思う。
そしてうまく描けるようになって
「写真みたいですねえ」なんて言われると喜ぶようになってしまう。
そうなってくると「うまく描く」という技術ばかりを向上させようと思い
いつの間にか気持ちが疎かになったり
何かを伝えたい、表現したいものがわからなくなってゆく。
自分もそういう道をたどりました。
ある時期抽象絵画は全く興味がありませんでした。
さきほどの「ジャカジャカジャン」をコンピューターで描く前には
クレヨンや色鉛筆など何でもいいから落書きのように
誰かに見られるとか考えず「ぐしゃぐしゃ」と描くことをしてました。
それを教えてくれたのはアートセラピーの先生でした。
セラピーでは治療のために絵を描がかせることがあります。
ポロックも実は同じようなことをしていたのだそうです。
アルコール依存症が原因で
ユング派のセラピストの元へ通っていたことがあったそうです。
ちなみに日本にユング心理学を紹介したのは河合隼雄先生です。
私の受けたセラピーもその流れをくむセラピストでした。
愛知県美術館で大規模回顧展が行われている。
日本では初の回顧展だそうです。
「新日曜美術館」やBS日テレの「ぶらぶら美術館」
でも取り上げてましたね。
東京展は竹橋の東京国立近代美術館で
2月10日から5月6日までだそうです。
ポロックを知ったのは自分はわりと最近のことで1997年のこと。
エアブラシを使ったりしてリアルな絵を仕事で描いていたが
MACが世に広がり始めて自分も仕事柄導入した。
コンピュータで絵を描くとなると
フォトショップで写真をコラージュなどの加工をしたり
3Dに走ったり、皆リアルな画像をつくろうとする。
そんな中、自分はぐしゃぐしゃと落書きのような絵を描き始めた。
ちょうど子供番組のポンキーズで「ジャカジャカジャンケン」
なるものがはやっていたので「ジャカジャカジャン」などと呼んでいた。
それを仕事先の人に見てもらった。
「いやあ、あなたは今までのようなリアルのほうがいいですよ」
と自分にリアルな仕事を発注してるから皆当然の答えが帰ってきた。
そんな中ある仕事先の方が
「ポロックみたいで面白いですねえ」とほめてくださった。
その人はそれまでどちらかと言うと苦手な人でした。
でもそのことがきっかけで色々話をしてみると
美術、絵画や彫刻などとても造詣が深い人だった。
その時ポロックを知らない自分には
「それはゆゆしきことですよ。」
「抽象絵画を描かれる方は絶対知らなきゃダメですよ」
といってくださいました。
そして本屋や図書館などで調べました。
それがポロックとの出会いでした。
絵を習い始めるとき、
やはりうまく描きたいとか描写力をつけたいと思う。
そしてうまく描けるようになって
「写真みたいですねえ」なんて言われると喜ぶようになってしまう。
そうなってくると「うまく描く」という技術ばかりを向上させようと思い
いつの間にか気持ちが疎かになったり
何かを伝えたい、表現したいものがわからなくなってゆく。
自分もそういう道をたどりました。
ある時期抽象絵画は全く興味がありませんでした。
さきほどの「ジャカジャカジャン」をコンピューターで描く前には
クレヨンや色鉛筆など何でもいいから落書きのように
誰かに見られるとか考えず「ぐしゃぐしゃ」と描くことをしてました。
それを教えてくれたのはアートセラピーの先生でした。
セラピーでは治療のために絵を描がかせることがあります。
ポロックも実は同じようなことをしていたのだそうです。
アルコール依存症が原因で
ユング派のセラピストの元へ通っていたことがあったそうです。
ちなみに日本にユング心理学を紹介したのは河合隼雄先生です。
私の受けたセラピーもその流れをくむセラピストでした。
2011年11月11日
芸術の秋
昔から芸術の秋といいますが、何故秋なんでしょうか?
実際、自分などは暑い夏には作品を創る気にあんまりなりませんよね。
日本の湿気の多いじめじめした夏はやる気をそぎます。
実家の信州は結構乾燥しているから良いものの
高校を卒業し上京した年はジメジメした気候に閉口しました。
そんな夏が過ぎてやる気も出てくるし美味しいものも食べれる
奇麗な風景も眺められる。虫の声。感傷的にもなる季節。
エモーショナルな季節だからでしょうか?
明治期、西洋文化が入って来て「美術」「芸術」何て言葉ができてからの話でしょう。
そして、日展だとか国展だとかが秋に開かれたからでしょうか?
ホントのところはよくわかりませんが
自分も創ったり作品を鑑賞したりそういう気持ちになりますよね。
実際、自分などは暑い夏には作品を創る気にあんまりなりませんよね。
日本の湿気の多いじめじめした夏はやる気をそぎます。
実家の信州は結構乾燥しているから良いものの
高校を卒業し上京した年はジメジメした気候に閉口しました。
そんな夏が過ぎてやる気も出てくるし美味しいものも食べれる
奇麗な風景も眺められる。虫の声。感傷的にもなる季節。
エモーショナルな季節だからでしょうか?
明治期、西洋文化が入って来て「美術」「芸術」何て言葉ができてからの話でしょう。
そして、日展だとか国展だとかが秋に開かれたからでしょうか?
ホントのところはよくわかりませんが
自分も創ったり作品を鑑賞したりそういう気持ちになりますよね。
2011年10月12日
リアルな作品?
昔、イラストレーション、絵画の世界で「フォトリアリズム」というのが
流行ったことがありました。
「えーこれ描いたの? 写真みたい!」
今でもよく耳にするこの言葉は当時からずっと云われています。
自分も「リアルイラストレーション」と云うのでしょうか
図鑑の絵、教科書の絵を描いていたことがあったので
よくこの言葉聞きました。
でも今はこの言葉はあまり聞きたくありません。
云ってる人は実際凄いと思って「褒め言葉」として云ってるのでしょうが
残念ながら今の自分はそう云われても嬉しくないのです。
CGが出てくる前、エアブラシとか使って
リアル(この場合写真のような)なイラストを描いてました。
描くためにはそれなりの熟練がいりました。
もちろん自分も描くための勉強をかなりしました。
しかもイラストの場合「印刷原稿」であり
「原画」がいかに奇麗でもちょっとした絵の具の厚塗りの部分が
影として出てしまい印刷原稿としてはよくない何てことがありました。
だから技術が売り物になりました。
職人さんの世界に通ずるものがありました。
しかしCGの登場のお蔭でコンピュータを駆使すればそういうイラストは
多くの人に描けてしまう様になりました。
CGのお蔭で絵やイラストは「テクニック」ではなく「中身」の時代になりました。
「中身」って何でしょうね?難しいですが少なくとも
「写真みた〜イ」では無いと思われます。
嫌でも逆に今の時代コンピュータを使わずに
「リアルな絵」を描く人はびっくりされるのかも知れませんね。
現在私はワイヤーで作品を造ってます。
だから「写真みた〜い」は聞かなくなりましたが
ワイヤーの作品を見て「ちゃんと犬に見えますよ」とか云われると
自分が目指すところとちょっと違うのでなんとなく苦笑いをしています。
流行ったことがありました。
「えーこれ描いたの? 写真みたい!」
今でもよく耳にするこの言葉は当時からずっと云われています。
自分も「リアルイラストレーション」と云うのでしょうか
図鑑の絵、教科書の絵を描いていたことがあったので
よくこの言葉聞きました。
でも今はこの言葉はあまり聞きたくありません。
云ってる人は実際凄いと思って「褒め言葉」として云ってるのでしょうが
残念ながら今の自分はそう云われても嬉しくないのです。
CGが出てくる前、エアブラシとか使って
リアル(この場合写真のような)なイラストを描いてました。
描くためにはそれなりの熟練がいりました。
もちろん自分も描くための勉強をかなりしました。
しかもイラストの場合「印刷原稿」であり
「原画」がいかに奇麗でもちょっとした絵の具の厚塗りの部分が
影として出てしまい印刷原稿としてはよくない何てことがありました。
だから技術が売り物になりました。
職人さんの世界に通ずるものがありました。
しかしCGの登場のお蔭でコンピュータを駆使すればそういうイラストは
多くの人に描けてしまう様になりました。
CGのお蔭で絵やイラストは「テクニック」ではなく「中身」の時代になりました。
「中身」って何でしょうね?難しいですが少なくとも
「写真みた〜イ」では無いと思われます。
嫌でも逆に今の時代コンピュータを使わずに
「リアルな絵」を描く人はびっくりされるのかも知れませんね。
現在私はワイヤーで作品を造ってます。
だから「写真みた〜い」は聞かなくなりましたが
ワイヤーの作品を見て「ちゃんと犬に見えますよ」とか云われると
自分が目指すところとちょっと違うのでなんとなく苦笑いをしています。
2011年06月22日
版画+アニメーションで「ハンガニメーション」
「ハンガニメーション」って聞いたことありますか?…………ある訳ないですよね。
私が作った造語です。
版画+アニメーション で ハンガニメーションです。
私の父、版画家羽田智千代の木版画をアニメーションにしたものです。
一枚の木版画の作品の構成要素を組み合わせ、動かしてストーリーができます。
最後は一枚の版画にすべておさまるという構成です。
版画「忘れてなるものか」をアニメーションにしたものです。
よろしければご覧ください。

また父の画集紹介のサイトと父のサイトもどうぞ良かったらご覧ください。
http://gasyu.yoimise.net/
http://homepage2.nifty.com/hata_t/
http://www.toshichiyo.net/
私が作った造語です。
版画+アニメーション で ハンガニメーションです。
私の父、版画家羽田智千代の木版画をアニメーションにしたものです。
一枚の木版画の作品の構成要素を組み合わせ、動かしてストーリーができます。
最後は一枚の版画にすべておさまるという構成です。
版画「忘れてなるものか」をアニメーションにしたものです。
よろしければご覧ください。
また父の画集紹介のサイトと父のサイトもどうぞ良かったらご覧ください。
http://gasyu.yoimise.net/
http://homepage2.nifty.com/hata_t/
http://www.toshichiyo.net/
2011年06月09日
作品を売ってはいけない
岡本太郎。偉大なヒトなんだろうが存命中テレビに出てるのを見たりして
「変な人だなあ」と言うのが素直な感想だった。
美大に行くことになり美術の勉強を始めても取り立てて凄いとも思わなかった。
美の巨人たちで先日岡本太郎をやっていた。
そしてたまたま新宿のキオスクで購入した岡本太郎の本。
凄い!自分の目指してるものがそこに有る様な気がした。
「作品を売ってはいけない。」
生前岡本太郎は作品を売らなかったと言う。
ではどうやって暮らしていたのか。
今美術館になっている青山の一等地に家があるくらいだから
ある程度裕福だったのは間違いないだろう。
両親とも名の知れたヒトだったのだし。
太陽の塔をつくったりそういうモノでもお金は入って来たのだろうか?
でもそんなことはどうでも良いやッて感じ。
そんなこと気にしていること自体芸術家ではないのだろう。
なんだか書きたいことからずれてしまった。
岡本太郎の凄さをやっとわかって来たところだ。
岡本太郎 明日の神話: 再生への軌跡 Documentary
「変な人だなあ」と言うのが素直な感想だった。
美大に行くことになり美術の勉強を始めても取り立てて凄いとも思わなかった。
美の巨人たちで先日岡本太郎をやっていた。
そしてたまたま新宿のキオスクで購入した岡本太郎の本。
凄い!自分の目指してるものがそこに有る様な気がした。
「作品を売ってはいけない。」
生前岡本太郎は作品を売らなかったと言う。
ではどうやって暮らしていたのか。
今美術館になっている青山の一等地に家があるくらいだから
ある程度裕福だったのは間違いないだろう。
両親とも名の知れたヒトだったのだし。
太陽の塔をつくったりそういうモノでもお金は入って来たのだろうか?
でもそんなことはどうでも良いやッて感じ。
そんなこと気にしていること自体芸術家ではないのだろう。
なんだか書きたいことからずれてしまった。
岡本太郎の凄さをやっとわかって来たところだ。
岡本太郎 明日の神話: 再生への軌跡 Documentary
タグ:芸術は爆発だ
2011年04月21日
ピタゴラスイッチ
最近一人暮らしでなくなってからとんと昼間にテレビを見ることが無くなった。
昔は自宅で仕事をしながら教育テレビなんかみていた。
昔に比べて遥かに面白くなった教育テレビ。
そもそもいまは「Eテレ」って言うんでしたっけ?
「ピタゴラスイッチ」もう8〜9年くらいになるのでしょうか始まってから。
たしか日韓ワールドカップの年に始まった様に記憶してますがどうだったでしょうか?
第2回目をたまたま見て、驚き、たまげて、ほほえんで、嬉しくなっちゃったの覚えてます。
それからしばらくビデオで録画しました。
とくにピタゴラ装置: 1
ときたら最高ですよね。
毎回いろんなパターンで楽しませてくださいました。
考えるのたいへんだろうな。
昔は自宅で仕事をしながら教育テレビなんかみていた。
昔に比べて遥かに面白くなった教育テレビ。
そもそもいまは「Eテレ」って言うんでしたっけ?
「ピタゴラスイッチ」もう8〜9年くらいになるのでしょうか始まってから。
たしか日韓ワールドカップの年に始まった様に記憶してますがどうだったでしょうか?
第2回目をたまたま見て、驚き、たまげて、ほほえんで、嬉しくなっちゃったの覚えてます。
それからしばらくビデオで録画しました。
とくにピタゴラ装置: 1
毎回いろんなパターンで楽しませてくださいました。
考えるのたいへんだろうな。
2011年04月20日
二つの創造
創作には2つの創造が必要だと言う。
第一の創造と第二の創造。
第一はどんなモノを創ろうか、考え、計画や設計すること。
第二はそれを実際に制作に移すこと。
言い換えれば「内的創造」と「外的創造」とも言えるだろうか。
日本では「外的創造」ばかりに注目されたり
美術教育および、美術による教育も「内的創造」とてもおろそかにされていると思う。
明治になって西洋絵画が入って来て
遠近法、立体感、光による陰影がしっかりした
いわゆるリアルな絵にびっくりして、凄いと思ったのだろう。
みなそれに近づこうと西洋絵画を習い
それまでの水墨画、大和絵、浮世絵にしても価値のないもののように扱いました。
フェノロサのお蔭で「日本画」という日本独自の絵の素晴らしさが再発見され
廃仏毀釈で壊される運命に会った仏像などがずいぶん救われました。
明治の驚きがそのまま日本の美術を支配してるかの様です。
「あらすごい、写真みたい」展覧会でそんなおばちゃんたちの声が聞こえてきます。
学校では「塗り残さずに全部塗りなさい」
「上手くかけましたね。大人の絵の様で凄いです」と
わかってない先生が子供の創造性を今日も潰しています。
第一の創造=内的創造は 周りからよくわかりません。
教える方は大変です。それはよくわかってない小学校の先生だけでなく
美大の先生だって教えられません。
だから受験のデッサンが石膏像をうまく描けるかなんてのが未だに問われます。
そう「上手く」はもうやめましょう。
「写真のごとく」ならなんで「写真」じゃいけないのでしょうか。
第一の創造は確かにわかりにくい第一の創造がしっかりしていなければ
どんなに第二の創造が優れていてもそれは不完全と言わざるをえません。
『美の巨人たち』のDVD 10巻セット 送料無料 38,000円
俵屋宗達、与謝蕪村、川合玉堂、佐伯祐三、香月泰男、奥村土牛、東山魁夷など
日本の美の巨人たち20人!
第一の創造と第二の創造。
第一はどんなモノを創ろうか、考え、計画や設計すること。
第二はそれを実際に制作に移すこと。
言い換えれば「内的創造」と「外的創造」とも言えるだろうか。
日本では「外的創造」ばかりに注目されたり
美術教育および、美術による教育も「内的創造」とてもおろそかにされていると思う。
明治になって西洋絵画が入って来て
遠近法、立体感、光による陰影がしっかりした
いわゆるリアルな絵にびっくりして、凄いと思ったのだろう。
みなそれに近づこうと西洋絵画を習い
それまでの水墨画、大和絵、浮世絵にしても価値のないもののように扱いました。
フェノロサのお蔭で「日本画」という日本独自の絵の素晴らしさが再発見され
廃仏毀釈で壊される運命に会った仏像などがずいぶん救われました。
明治の驚きがそのまま日本の美術を支配してるかの様です。
「あらすごい、写真みたい」展覧会でそんなおばちゃんたちの声が聞こえてきます。
学校では「塗り残さずに全部塗りなさい」
「上手くかけましたね。大人の絵の様で凄いです」と
わかってない先生が子供の創造性を今日も潰しています。
第一の創造=内的創造は 周りからよくわかりません。
教える方は大変です。それはよくわかってない小学校の先生だけでなく
美大の先生だって教えられません。
だから受験のデッサンが石膏像をうまく描けるかなんてのが未だに問われます。
そう「上手く」はもうやめましょう。
「写真のごとく」ならなんで「写真」じゃいけないのでしょうか。
第一の創造は確かにわかりにくい第一の創造がしっかりしていなければ
どんなに第二の創造が優れていてもそれは不完全と言わざるをえません。
俵屋宗達、与謝蕪村、川合玉堂、佐伯祐三、香月泰男、奥村土牛、東山魁夷など
日本の美の巨人たち20人!
2011年04月13日
お遊び占い
あるSNSにあるアプリで
「あなたは誰の生まれ変わり?」
何て占いみたいなのがありお遊びでやってみた。
結果は「あなたはピカソの生まれ変わりです」だそうだ。
もちろんお遊びなんだがなんだか嬉しい。
「ピカソ」が「ダリ」でも「ミロ」「セザンヌ」でも嬉しいだろう。
「横山大観」「青木繁」でも嬉しいか。
結局誰でも有名な画家や芸術家だったら嬉しいのだろう。
嬉しくない芸術家はいるだろうか?
…特にいない。
パワーが落ちてるときだから誰のパワーでも借りたいってのが本音かもしれない。
ちなみに「ピカソ」が亡くなったのは自分が小学5年か6年の時でした。
『美の巨人たち』のDVD 10巻セット 送料無料 38,000円
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何て占いみたいなのがありお遊びでやってみた。
結果は「あなたはピカソの生まれ変わりです」だそうだ。
もちろんお遊びなんだがなんだか嬉しい。
「ピカソ」が「ダリ」でも「ミロ」「セザンヌ」でも嬉しいだろう。
「横山大観」「青木繁」でも嬉しいか。
結局誰でも有名な画家や芸術家だったら嬉しいのだろう。
嬉しくない芸術家はいるだろうか?
…特にいない。
パワーが落ちてるときだから誰のパワーでも借りたいってのが本音かもしれない。
ちなみに「ピカソ」が亡くなったのは自分が小学5年か6年の時でした。
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2011年04月10日
説明のための動画の威力
もう25年も前の話。
某科学雑誌でレイアウトやイラストの下絵を描いてました。
科学者に編集者が取材し、
どのような内容にするか決め
デザイナーが概略を聞き下絵を描いて、
その下絵をまた科学者に確認を求めて
出来上がった下絵をイラストレーターに頼みフィニッシュ。
そういう流れでした。
エアブラシを使ったリアルな絵。
結局は自分もフィニッシュをやりたくて
デザイナーをやめてイラストレーターになりました。
例えば太陽系の惑星の大きさ比べ。
一枚の絵にどのようにしたらいいのか?
木星や土星などおおきな惑星は全部入れる事は無理だし
太陽など直線に近い円弧でほんの一部は入るだけ。
配置など考えて一枚の絵にするのはなかなか大変でした。
しかし今やコンピューターの時代。
数値がわかれば円弧の違いとか簡単に出るし
可能ならば動画にすればもっとわかりやすい。
当時では全く考えもしなかった。凄い時代だ
宇宙の絵は黒い紙にパステルで下絵を描いてイラストレーターに発注しました。
いまや3Dを使えば空間にドローイングしてるみたい。
コンピュータの時代になってフォトショップなど使い
イラストレーションを描いてきましたが
3Dはごく一部の安価なソフトしか使ってこなかったので
もう全くついてゆけません。
若い頃、下絵を描いてたあの頃にコンピュータのシステムがそろってれば
自分も使いこなしこのような3Dの動画も創れたのでしょうか?
『美の巨人たち』のDVD 10巻セット 送料無料 38,000円
俵屋宗達、与謝蕪村、川合玉堂、佐伯祐三、香月泰男、奥村土牛、東山魁夷など
日本の美の巨人たち20人!
某科学雑誌でレイアウトやイラストの下絵を描いてました。
科学者に編集者が取材し、
どのような内容にするか決め
デザイナーが概略を聞き下絵を描いて、
その下絵をまた科学者に確認を求めて
出来上がった下絵をイラストレーターに頼みフィニッシュ。
そういう流れでした。
エアブラシを使ったリアルな絵。
結局は自分もフィニッシュをやりたくて
デザイナーをやめてイラストレーターになりました。
例えば太陽系の惑星の大きさ比べ。
一枚の絵にどのようにしたらいいのか?
木星や土星などおおきな惑星は全部入れる事は無理だし
太陽など直線に近い円弧でほんの一部は入るだけ。
配置など考えて一枚の絵にするのはなかなか大変でした。
しかし今やコンピューターの時代。
数値がわかれば円弧の違いとか簡単に出るし
可能ならば動画にすればもっとわかりやすい。
当時では全く考えもしなかった。凄い時代だ
宇宙の絵は黒い紙にパステルで下絵を描いてイラストレーターに発注しました。
いまや3Dを使えば空間にドローイングしてるみたい。
コンピュータの時代になってフォトショップなど使い
イラストレーションを描いてきましたが
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もう全くついてゆけません。
若い頃、下絵を描いてたあの頃にコンピュータのシステムがそろってれば
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