ゴールデンウィークの真ん中5月4日に
栃木県那須にある「ニキ美術館」へ行って来た。
5月10日で閉館してしまう、という情報を聞いたから
一度は行ってみたいと思っていたので
連休中で混むのは覚悟の上で一人車を運転し
「ニキ美術館」を見にいくためだけに片道5時間以上かけて行ってきました。
落ち着いた庭園とシンプルながらそれが逆に特徴的な建物。
内部は天井が高くゆったりとした作りでとっても感じが良い美術館でした。
閉館になってしまう惜しむ声も多く、そのため8月31日まで期限は伸びたそうです。
それでも、無くなってしまうのはとっても惜しいと感じます。
2009年05月15日
ニキ美術館へ
posted by w at 01:30
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| 鑑賞の記録
2009年04月09日
著作権、肖像権
ある、SNSのブログを見ていました。
写真をとっておられる若い方のブログでした。
女性をモデルにして撮影をして何かの公募でも賞をとっている方のようです。
その方が女性をモデルにしたいのでどなたかなりませんかとブログで訴えていた。
友人がクロッキーをやっている。
作品を載せてるとモデルをやらせてくださいという
若い女性からメールが来たりするという。それってヌードクロッキーだったりする。
その辺の気持ちって自分など男にはわからない所がある。
だから写真をとっている方の募集もなんら問題はないのである。
しかし、気になったのは、「著作権、肖像権はすべて僕にあります」
と言い切っているのだ。
それってちょっと違うのじゃないかなあと思います。
肖像権はモデルになった人のものであり
どんな状況であってもとられた本人のものではないのでしょうか?
撮影した作品に体する著作権は撮影者にあっても
肖像権まで撮影者にあるというのは勘違いであるのではないでしょうか?
賞までとってる人がこの程度の認識であるというのは
日本のこういう教育はなっていないのかもしれない。
某国のディズニーランドもどきなど笑ってる場合でもないと思われます。
写真をとっておられる若い方のブログでした。
女性をモデルにして撮影をして何かの公募でも賞をとっている方のようです。
その方が女性をモデルにしたいのでどなたかなりませんかとブログで訴えていた。
友人がクロッキーをやっている。
作品を載せてるとモデルをやらせてくださいという
若い女性からメールが来たりするという。それってヌードクロッキーだったりする。
その辺の気持ちって自分など男にはわからない所がある。
だから写真をとっている方の募集もなんら問題はないのである。
しかし、気になったのは、「著作権、肖像権はすべて僕にあります」
と言い切っているのだ。
それってちょっと違うのじゃないかなあと思います。
肖像権はモデルになった人のものであり
どんな状況であってもとられた本人のものではないのでしょうか?
撮影した作品に体する著作権は撮影者にあっても
肖像権まで撮影者にあるというのは勘違いであるのではないでしょうか?
賞までとってる人がこの程度の認識であるというのは
日本のこういう教育はなっていないのかもしれない。
某国のディズニーランドもどきなど笑ってる場合でもないと思われます。
タグ:肖像権
posted by w at 01:41
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| アートへの心、思想
2009年03月19日
小島一郎 北を撮る
3月7日に青森県立美術館でやっていた
「小島一郎 北を撮る」を見て来た。
小島一郎の大規模回顧展だった。
私が行った日は、一月からの二ヶ月近くの会期の最終日前日だった。
前の夜東京駅を出発した深夜バスで青森まで6時間余。
その日のよる青森駅発の深夜バスで帰ってくるという
大強行軍であった。
この大変な日程にもう20年来の友人が付合ってくれた。
作品展は点数200点余、小島一郎を良く知ることが出来た。
39歳で志半ばで亡くなってしまったこの写真家の無念さを
感じ取れる最期のとき直前お手紙もあり涙を誘った。
一緒に行った友人は感受性の豊かな人であり
小島一郎の有名な作品の一枚の前で涙を拭っていた。
「連れて来てくれてありがとう」
友人にこういわれただけでもとっても意義のあった強行軍でした。
この偉大なる写真家のウィキペディアのページが存在していなかった。
一月にいろんなものを参考としてまだご存命であるご夫人のチェックを受け
不肖、私がウィキペディアにアップいたしました。
「小島一郎 北を撮る」を見て来た。
小島一郎の大規模回顧展だった。
私が行った日は、一月からの二ヶ月近くの会期の最終日前日だった。
前の夜東京駅を出発した深夜バスで青森まで6時間余。
その日のよる青森駅発の深夜バスで帰ってくるという
大強行軍であった。
この大変な日程にもう20年来の友人が付合ってくれた。
作品展は点数200点余、小島一郎を良く知ることが出来た。
39歳で志半ばで亡くなってしまったこの写真家の無念さを
感じ取れる最期のとき直前お手紙もあり涙を誘った。
一緒に行った友人は感受性の豊かな人であり
小島一郎の有名な作品の一枚の前で涙を拭っていた。
「連れて来てくれてありがとう」
友人にこういわれただけでもとっても意義のあった強行軍でした。
この偉大なる写真家のウィキペディアのページが存在していなかった。
一月にいろんなものを参考としてまだご存命であるご夫人のチェックを受け
不肖、私がウィキペディアにアップいたしました。
タグ:写真展
posted by w at 16:18
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